労働分配率とは?企業が抑えるべきポイントを解説

企業が「どれだけ付加価値額を人件費として分配しているか」を可視化する経営指標が「労働分配率」です。経営の健全性を測るだけでなく、採用・人材投資・給与制度の意思決定にも活用できる重要な指標として注目されています。
本記事では、労働分配率の定義から計算方法、業種別の目安、改善策までをわかりやすく解説します。経営・人事・財務それぞれの立場で「自社の人材投資バランス」を見直すきっかけにしてください。
結論:労働分配率とは「付加価値額の分配状況」を示す経営指標

労働分配率とは、企業が生み出した「付加価値額」のうち、どの程度を従業員(人材)に還元しているかを示す割合です。労働分配率は高ければ従業員満足度が上がるものの、利益を圧迫して再投資が難しくなります。反対に低ければ利益率は高まりますが、人材定着や採用競争で不利になります。こうしたトレードオフのバランスを可視化する点が、この指標の最大の意義です。
経営における基本構造は以下のとおりです。
後ほど詳しく解説しますが、ここでいう「人件費」は給与・賞与・福利厚生費などを含んでいます。また、「付加価値額」は営業利益、人件費及び減価償却額を合算したもので、企業の “真の稼ぐ力”と密接に関連します。
労働分配率が高ければ、従業員への還元度が大きい反面、利益率を圧迫するリスクがあります。逆に低ければ、利益は確保しやすい一方で、従業員のモチベーションや採用競争力に影響する可能性があります。
したがって、経営の健全性を測るバランス指標として重要です。
労働分配率が注目される背景

近年、労働分配率が改めて注目されている背景には、次のような経営環境の変化があります。
特に近年では、人材確保競争や物価上昇に伴う賃上げが進む中で、労働分配率を経営判断のKPIとして導入する企業が増えています。企業が「人件費をどこまで投資と捉えるか」を見極める上でも、重要な経営指標となっています。
- 賃金上昇や社会保険料増加による人件費負担の増加
- 採用コスト・教育コストの上昇
- DX(デジタルトランスフォーメーション)などへの投資余力確保の必要性
- 従業員一人当たりの付加価値額(労働生産性)・企業利益の伸び悩み
労働分配率の計算方法

労働分配率(%)= 人件費 ÷ 付加価値額 × 100
まず、基本の計算式を押さえましょう。
例:
付加価値額1億円、人件費 6,000万円の場合
→ 労働分配率 = 6,000万円 ÷ 1億円 × 100 = 60%
つまり、企業が生み出した付加価値額のうち、60%を人件費として従業員に分配していることを意味します。この計算式の構造を理解することで、経営指標としての意味が見えてきます。
付加価値額とは?(控除法・加算法の違い)
付加価値額とは、企業が事業活動を通じて生み出した価値のうち、外部企業への支払い(仕入れや外注など)を差し引いた「純粋な価値創出額」のことです。
企業がどれだけ自社の人材・技術・ノウハウによって価値を生み出しているかを示す指標であり、生産性や経営力を測るうえで重要な要素とされています。付加価値額の算出方法には、主に次の2つがあります。
1.控除法(引き算方式)
付加価値額=売上高−仕入高
企業が得た売上から、原材料費や外注費など外部への支出を差し引いて求める方法です。
「外から買ってきた価値」を除いた、社内で新たに生み出した価値を表します。
参照:https://www.cao.go.jp/zei-cho/history/1996-2009/etc/1999/zei_d_09b.html
2.加算法(積み上げ方式)
付加価値額=営業利益+人件費+減価償却額
企業内で分配・蓄積される経済的価値を積み上げて算出する方法です。
人件費や利益など、企業の内部で創出された価値を合計して捉えます。
一般的には、経営分析や生産性指標として「加算法」が用いられることが多く、単なる売上や粗利益とは異なる、企業の本質的な稼ぐ力を示す数値といえます。
参照:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-1-1_02.pdf
※なお、本記事ではあくまで参照元の計算式に則って記載しております。例えば営業利益の内訳や付加価値額の算出方法そのものなど、詳細については様々な考え方があることをご了承ください。以下同様です。
人件費に含まれる内容
労働分配率の計算に用いる「人件費」は、単なる給与支払いにとどまりません。本記事では
人件費=役員給与+役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費
と計算します。この範囲を正しく把握しないと、労働分配率の数値に大きな誤差が生じます。経費の一部と区別しながら、人材への投資額として管理することが大切です。
参照:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-1-1_02.pdf
労働分配率を分析する意義

経営の健全性を測る指標としての労働分配率
労働分配率は、「利益・人件費・付加価値額」の関係を一目で把握できる経営指標です。
高すぎると利益圧迫リスク、低すぎると従業員の不満や離職リスクが高まります。
労働分配率を定期的に確認することで、企業は利益確保と従業員還元のバランスを把握できます。特に中小企業では、原価上昇や採用難などで人件費構造が変化しやすいため、四半期単位でのモニタリングが有効です。
経営者がこの数値を定期的にモニタリングすることで、利益確保と人材維持の両立が可能になります。
人材投資・人件費の最適配分を判断できる
労働分配率を分析することで、次のような人事施策の改善点が見えてきます。
- 給与・賞与の適正水準の見直し
- 採用・教育投資の余力判断
- 生産性向上のためのシステム導入検討
- 部門別の人件費効率分析
経営データと連動させることで、人事評価制度や給与制度の合理性を高めることも可能です。
労働分配率と労働生産性

労働生産性の計算式
労働生産性とは、「従業員一人あたりが生み出す付加価値額」を意味します。
労働の効率性を計る尺度であり、労働生産性が高い場合は、投入された労働力が効率的に利用されていると言えます。
労働生産性(単位:円) = (人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課+営業利益-支払利息等) ÷ 従業員数×100
この式と労働分配率を共に考えることで、より深い経営分析が可能になります。
参照:https://www.mof.go.jp/pri/reference/ssc/japan/japan02_18.pdf
業種別・企業規模別にみる労働分配率の目安

大企業と中小企業の傾向
企業規模が小さいほど労働分配率は高くなる傾向があります。中小企業は利益率が低く人件費比率が高いため高止まりしやすく、大企業は生産性向上により付加価値額を伸ばし、分配率を抑えつつ利益を確保する傾向があります。
参照:https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2022/chusho/b1_1_6.html
業種別(サービス業/製造業/小売業など)の平均値
- 製造業:約60~70%
- サービス業:約70~80%
- 小売業:約75〜85%
サービス業は人材依存度が高く、労働分配率も高めに出る傾向があります。一方、製造業は設備投資や減価償却費が大きく、分配率がやや低くなります。
参照:https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/21/backdata/01-03-18.html
自社と同業他社を比較する際の注意点
同じ業種でも、会計基準や人件費科目の扱いが異なれば数値に差が出ます。そのため、比較を行う際は経済産業省などが発表している公的データを基準に「傾向」として見ることが重要です。
また、比較の際には決算期や会計方針によって人件費の定義が異なる点にも注意が必要です。できれば経産省の統計や業界団体の平均値を用い、自社の数値を年次推移と合わせて分析すると精度が高まります。
労働分配率が高い/低い場合のリスク

労働分配率の高低は「良し悪し」ではなく、経営戦略や業種構造によって適正水準が変わります。利益率重視の企業と人材投資型の企業では、理想的な値が異なるため、自社の経営方針と照らし合わせて判断する必要があります。
高い場合のリスク
- 利益圧迫・投資余力の低下
- 将来の設備投資・成長施策に回せる資金の減少
- 経営の柔軟性喪失
高すぎる労働分配率は、一見「社員想い」に見えても、長期的な成長を阻害する可能性があります。
低い場合のリスク
- 従業員モチベーションの低下
- 採用競争力の低下・離職リスクの増加
- 生産性・サービス品質の悪化
一方、低すぎると「給与水準が業界平均を下回る」などの課題が生じます。企業の成長ステージや業種に応じて、最適水準を維持することが求められます。
適切な労働分配率を維持・改善するための施策

生産性を高める施策
- 業務プロセスの効率化
- システム導入・DX推進
- 非効率業務の削減による付加価値額向上
付加価値額を高めることで、同じ人件費でも労働分配率を改善できます。
人事評価・給与制度の整備
公平な人事評価制度と成果連動型の給与制度を整えることで、従業員のモチベーションを維持しつつ、生産性向上につなげられます。
採用・配置・教育の最適化
採用コストをかけるだけでなく、定着・育成を通じて付加価値額を高めることが重要です。
「教育=コスト」ではなく「投資」としてとらえ、長期的な成長を支える人材戦略を立てましょう。
定期的な分析・モニタリング
四半期・年度ごとに労働分配率をモニタリングし、前年との比較を行うことで課題を把握できます。
経済産業省の統計データやコンサルティングレポートを活用するのも有効です。
採用・人材投資を行う企業がチェックすべきポイント

新規採用による人件費増加をどう試算するか
新たな人材を採用するときは、単純な給与コストだけでなく、
教育・管理・システム利用費用などを含めた総人件費で労働分配率への影響を試算しましょう。
外部人材・スキマバイト活用の位置づけ
一時的な人員不足や繁忙期対応には、外部リソースを柔軟に活用することも選択肢です。 フルタイム採用に比べて固定人件費を抑制しつつ、必要な業務を効率的に遂行できます。
採用後の人材定着と付加価値額向上の関係
採用した人材が早期離職せず、長期的に成果を出すことで、付加価値額が安定します。
教育・評価・配置の最適化によって、「採用=付加価値額向上」へとつなげる経営設計が重要です。
労働分配率に関連する質問

労働分配率とはどういう意味?
企業が「どれだけ付加価値額を人件費として分配しているか」を可視化する経営指標です。
労働分配率が高いor低い、どっちが良い?
どちらが良いという単純な話ではなく、企業の成長フェーズと業種特性によって適正値は異なります。
あくまで平均値としては、製造業で約60~70%、サービス業で約70~80%です。
労働分配率が100%を超えるとどうなる?
付加価値額をすべて人件費に使っている状態であり、営業利益がほぼゼロになります。
継続的な投資や成長が難しくなるため、改善が必要です。
労働分配率30%はどのくらい?
30%は非常に低い水準であり、利益率は高いものの、従業員への還元が少なすぎる可能性があります。
業種や経営方針に応じて再評価しましょう。
まとめ:労働分配率を“経営の羅針盤”として活用しよう

労働分配率は、単なる数値ではなく、経営・人材・生産性のバランスを示す羅針盤です。
自社の状況を定期的に分析し、最適な人材投資・給与施策を検討しましょう。
労働分配率は単なる会計指標ではなく、経営理念や人材戦略を映す“鏡”でもあります。企業の成長と社員の豊かさを両立するために、経営と人事が共有すべき共通言語として活用していくことが望まれます。
ポイントまとめ
- 労働分配率 = 人件費 ÷ 付加価値額 × 100
- 高すぎても低すぎてもリスクがある
- 業種・規模により適正水準は異なる
- 改善には「付加価値額向上」「生産性改善」「公正な人事制度」が鍵
今すぐ取り組める第一歩
- 自社の労働分配率を算出
- 過去数年や同業平均と比較
- 改善余地を特定し、施策を検討
採用や人材投資の意思決定にも役立つこの指標を、“経営の羅針盤”として継続的に活用していきましょう。





